日本語学校のテーマです

地域住民の社会生活は、国家の壁を乗りこえて相互に浸透し始めている。
来るべき二一世紀の人類の社会は、近代国家とその社会組織の厚い壁を壊して進むに違いない。
EUやASEANのような広義の地域主義が、国民国家の概念を打ち破って新たな広域の統合をめざす一方、旧ソ連邦やユーゴスラビアのような狭義の地域主義は近代国家を解体して民族の自立や住民自治に向かおうとしている。
近代における自然科学をモデルにした経済学、経営学、法律学、政治学、社会学などの学問体系は、国家を前提にして成立した事情から、国境をこえる広範な民衆の直接的な交流を、社会科学研究の対象とすることはむずかしい。
宇宙開発、核融合、人間ゲノムなどの先端科学は、研究組織や研究資金の巨大化がすすむ一方である。
そのため、現代における自然科学研究は、実験施設などの規模拡大にともない、政治家や官僚に従属しがちである。
このような時代状況において、民衆がみずからの社会的な営みにかたちを与え、他人を納得させる方法を見つければ、専門家以上の仕事をするであろう。
民衆の側は、社会活動の当事者であるという事実によって、当事者でない専門家より深く、当の社会問題に気がつく、そういう有利な条件をもっているからである。
民衆がこのように自己の課題を解決しようと学ぶのが民際学である。
民際学は、それゆえ、ニュートン以来の古典物理学をお手本にする社会科学に対して、別な道を考える。
生身の人間は、自己の社会生活とそれを観察している自己を、明瞭に分離できない。
誰もが社会活動の当事者であると同時に、社会活動のあり方について反省し、分析を加えている人間でもある。
専門をもたない人間は、観測対象と観測者をあわせもって、社会活動を営んで生きている。
それが「当事者性」と呼ぶものである。
当事者というのは、行為の対象と行為する主体の双方にまたがる存在である。
民衆による当事者性の科学は、近代国家の境界を浸透して生じている民族問題、開発問題、環境問題、地域問題、平和問題、非営利組織、ジェンダー問題。
人権問題などにとりくむことである。
これらは、社会科学をいくら細分化しても、その枠からはみ出してしまう問題群でもある。
分類し細分化することか困難な問題である。
民族問題は、近代国家そのものに疑問を投げる。
国境をまたがる河川のような巨大開発も、近代国家では処理できない世界に入り込んでいる。
環境問題は、いうまでもなく、国境を無視して拡がる。
フィリピンのピナッボ火山の爆発かあれば、日本の農業にも一定の影響がおよぶ。
それは、たんに自然現象だけではなくて、チェルノブイリの原発事故のような人為的な事故の場合も同様である。
放射性廃棄物を大海に捨てるという、犯罪行為に近いものまでふくめて、私たちは国境に隔てられているから安全だといっていられない。
核兵器の脅威から平和を守る方法は、個々の国家の能力をこえている。
近代国家に対抗する地域自立の声も強まりつつある。
経済活動の組織が、日本の場合には、株式会社によって統合されていた。
この1〇〇年間、日本人は地域社会を解体し会社を中心に生きてきたが、地域住民の力が強まるとともにやがて会社の時代は終わり、新しい経済組織が必要になる。
しかし、非政府組織(NGO)や非営利組織(NNPO)のような新しい組織形態は、従来の社会科学かほとんど明らかにできなかった分野でもある。
ジェンダー論も同様である。
男と女の関係のあり方について考える学問は。
研究者が当事者として男女のいずれかに属し、研究対象に距離を置くことが困難であるがゆえに、近代の科学において無視されてきた。
しかし、人間の生き方にとって、決定的に重要なテーマであり、おそらく人間社会の本質を考えようとすれば、女と男の関係を基礎にして考えるよりほかないであろう。
では、民際学をどのように進めればよいのか。
民際学というのは、専門をもたない、ふつうの民衆の生き方が、そのまま研究活動になる学問である。
私の生き方、私の社会的な活動そのものを私が研究する、そして、私か他人を説得できるような研究成果をまとめる。
もちろん、いうのはやさしいが、実行は困難である。
それにふさわしい方法を、身につけねばならないからである。
「一人称や二人称で語る学問」は、私たちの身のまわりで確認できる。
たとえば、大海を航行する漁船は、絶対的な海の深さや船の重量などを計測する手段を持っていない。
ふつうの漁民は、漁獲物をどこまで積んだら船が沈んでしまうか水圧を測定したり海流がどんなふうに流れているか計算したりする、流体力学のような特定の専門分野の知識をもっていない。
それにもかかわらず、漁民は太平洋に出かけて、魚を捕って帰ってくる。
専門知識がなくとも漁民は、船に打ち寄せてくる波の高さで船の沈み方を知って、魚の積む量を加減する計測機器を持たなくても、自分が当事者であるがゆえに認識できる方法である。
このように、民際学にはなによりフィールドーワークが大切である。
これまでの学問は、実験をしたり、図書館で資料を集めて分析したり、統計データを解析したりして、客観的な研究ができると思っていた。
しかし、当事者が研究者である学問なら、誰もがそれぞれのフィールドをもっている。
大切なのは、フィールドのなかで体験したことを、もう一度、事象化する作業である。
統計的な方法も必要だろうし、コンピュータも使わなければいけない。
図書館に行く必要も出てくる。
しかし、何といっても大事なことは、自己のフィールドで、自分の活動の成果を記録し、それが社会的にどういう意味かおるが問い続ける作業である。
民際学研究は、何らかのかたちで豊かな社会における豊かな生き方をめざす。
それゆえ、民際学が最終的な課題とするのは、人間の社会的な関係のあり方である。
人の生き方のなかで、もっとも充実した活動とは何だろうかという問いである。
これは、万人が当事者になる分野であるから、万人にとっての共通の課題でもある。
民際学の立場から考える豊かな生き方というのは、結局のところ、循環性の永続である。
物質の移動だけでなく人間の交流を豊かにする、そういうふうなかたちで循環というものを大切にする。
循環が永続している社会こそ豊かな社会だから、民際学は循環性の永続を生活の場で確認する仕事でもある。
次に多様性の展開である。
そこでは、近代に特徴的な経済主義からの自立が課題である。
経済的な効率性が高いことだけが優位である時代は終わろうとしている。
経済競争に限界が見えてきた時代に多様性を担うのは、多元的な場で生きるボランティアである。
地域社会において、ボランティア活動が可能な条件を整備すれば、金を稼ぐ人(労働者、経営者)と稼げない人(妊婦、児童、老人、病人、障害者)とが人間として同じ価値を持つことが、単なる観念ではなく、現実性をもつようになる。
ボランティアとは、決して無報酬で奉仕する人でもなければ、自主的、自発的に働くだけの人でもない。
ボランティアとは、同時にいくつも仕事を引き受ける人間である。
多元・多重の活動をする人間がボランティアであり、現代社会では少なくとも次の四種の仕事をする。
この多重生活者の活動条件について研究することが民際学の当面の課題でもある。

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